「本当にすいませんでした!」
「なに、かまわないよ」
膝に頭がつかんばかりに深く頭を下げる俺に向かい、彼の人はそう答えて微笑んだ。
・・・・・・その顔がなんとなく柏木に似ていてちょっと嫌だったが。
「そうよ祐麒さん。何より私の為にしてくれた事でしょう?」
さっきまで不機嫌だった祥子さんも、隣で微笑んでいた。
あの頃の夕日
きっかけは先週の水曜日の事だった。
くじ運の悪い母が珍しく商店街の福引で某遊園地のペアチケット(1日フリーパス)を引き当てたのだ。
使用期限は次の日曜日までだ。
姉の祐巳はそのチケットを譲ってもらい、
次の日学校で『お姉さま』である祥子さんをデートに誘ったのだが、
「この夏の時期に遊園地?駄目よ。暑いじゃない」
との理由で断られてしまったそうだ。しつこく食い下がってみたらしいが、
「思い出したわ。その日は先約が入っているのよ」
などと取って付けた様な事を言われてしまい結局は駄目だった。
落ち込んで帰ってきた祐巳は母にチケットを返し、居間のソファーでなにやらブツブツ呟いていた。
すごく不気味だったが、いきなり顔を上げるとこう言った。
「お姉さまに嫉妬させてやるんだから!むふふふふふふふふ」
そして祐巳は聖さんに電話をかけた。が、予定が入っていたらしく駄目だった。
祐巳はさらに落ち込んで部屋に戻っていった。
ちなみにチケットを返された母は、残念がってはいたものの
「久しぶりにデートもしたいわねぇ。あ・な・た」
と父に抱きついていた。どうやら2人で遊園地デートをすることにしたようだ。
俺は何も予定が無いので、大人しく家で留守番していようかとその時は考えていた。
さて、日曜日当日。
祐巳は由乃さんとデートに出かけた。
母も父もデートの用意をしていたのだが、
取引先から急な連絡が入り父は仕事に行かなければならなくなってしまった。
デートは取り止めだ。
だが、母はチケットが勿体無いと言って、何故か俺が母と遊園地でデートすることになったのだ。
「ねぇ祐麒、今度はどこに行こうかしら?」
「・・・・・元気だね母さんは」
「だってデートですもの。祐麒は私とデートするの嬉しくないの?」
「母親とデートして喜ぶのは高田くらいだよ。それに暑いし」
「はぁ。そんなんじゃ女の子にモテないわよ」
「ほっといてくれよ」
昼食をとろうとレストランへ向かいながら母と話をしていると、
視界の隅に見知った顔が見えた気がした。
そちらを注意深く見ると、遠くの方に祥子さんがいた。
しかも男に腕を掴まれて騒いでいる!
「母さんはここにいて!」
「あ、祐麒どこへ行くの!?」
俺は全速力で祥子さんの方へと駆けて行った。
「本当にすいませんでした!」
「なに、かまわないよ」
男の人は祥子さんの父親、小笠原 融さんだった。
・・・・・・・穴があったら入りたい気分だ。
何でも、久しぶりの休日に祥子さんとデートをしたいと考えた融さんは、
水曜日の夜に祥子さんを遊園地デートに誘った。
その時は喜んでいた祥子さんだったが、日に日に機嫌が悪くなっていく。
融さんは訝しんだが、遊園地へ行けば期限も直るだろうと考えていた。
そして今日、遊園地へは来たもののこの暑さ。さらに不機嫌になる祥子さん。
何とか機嫌をなおそうとした融さんは、
この遊園地で一番人気のジェットコースターへ祥子さんを連れて行こうとした。
実はジェットコースターが嫌いだった祥子さんは、とうとう怒り出し帰ると言い出した。
それを宥めようとしているところに、勘違いをした俺が突っ込んできたのだ。
「ところで祐麒くんだったかな?キミもデート中じゃないのかい?」
「え?あ、はい。実は・・・・・・」
俺はここに来た経緯を2人に説明した。
「そうだったの。ところでお母様はどちらに?いらっしゃらないみたいだけど」
祥子さんの声に慌てて周りを見渡すと・・・・・・・いた!
レストランの近くでキョロキョロしている。
「お〜い、こっちだ母さん!」
俺は手を振りながら母の方へ向かう。
母は俺を見つけると、頬を膨らませていかにも不機嫌だという顔をした。
まったく。祐巳にそっくりだ。
「いきなりどこかへ行くからビックリしたじゃないの!」
「ゴメン母さん」
「デートの相手をほったらかしてどこかへ行くなんて最低よ」
「だからゴメンって言ってるだろ。それより母さん」
「なに?」
「実は向こうに祥子さ「何ですって!」んが」
「どこ!?どこにいらっしゃるの!?」
「・・・・・・まるで昔の祐巳だな。まだその辺にいると思うから案内するよ」
興奮する母を引き連れ、俺は祥子さんたちの方へと歩き出した。
祥子さんたちはその場で待っていてくれた。
だが、融さんの様子が少し変だ。信じられないものを見たというような顔をしている。
ふと母を見ると、同じように信じられないといった顔をしていた。
祥子さんもそれに気が付いたのか首をかしげている。
とにかく連れて行こうと俺は考え、祥子さんたちの方へ歩いていった。
「まさかと思うけど・・・・・・・みきちゃんかい?」
沈黙を破ったのは融さんだった。
「ごぎげんよう融さん。お久しぶりです」
「高校の卒業以来だから随分経つね」
「でも御変わりないですね」
「そうでもないよ。大分歳をとった」
どうやら、母と融さんは知り合いだったらしい。
祥子さんも驚いている。
「そうだ、折角だから4人で食事でもどうかな?」
「はぁ、私はかまいませんけど・・・・・」
そう言って母は俺と祥子さんのほうを見る。
「私もかまいませんわ」
「俺も」
そう聴いた融さんは、にっこり微笑むと、
「それじゃあ行こうか。奢るよ」
昼食の後、俺達は4人でデートする事になった。
俺の隣には何故か祥子さん。
母と融さんは昔話で夢中になっていて楽しそうだ。
目の前で浮気をされているような気がしてちょっとむっとした。
それが顔に出ていたのだろうか
「ごめんなさいね祐麒さん」
「え?」
祥子さんに謝られた。
「私の家の事は少しはしっているのでしょう?
だから父にとってはああいうのも何でもないことなのでしょうけど、
私はやっぱり父が母以外の女性と仲良くしているのを見るのは嫌だわ」
「はぁ」
「祐麒さん、今そんな時の私みたいな顔をしていたから」
だからごめんなさい、と祥子さんは謝った。
俺は慌てて首を横に振った。
確かにちょっとムッとしたが、祥子さんに謝られるほどではない。
それより、祥子さんに謝らせた事が祐巳にばれたらどうなるか・・・・・そっちの方が嫌だ。
「ちょ、謝らないでくださいよ!確かにいい気持ちじゃないですけど。
でも代わりに祥子さんが一緒だし、なんか祥子さんとデートしているような感じがして
これはこれで嬉しいような気も・・・・・って、そうじゃなくて!
いや、え〜っとですね、言いたいのはそういうことじゃなくてですね、
何て言ったらいいんだろ?う〜ん・・・・・・?祥子さん?」
祥子さんはクスクスと笑っている。
「やっぱり姉弟なのね祐麒さん。困ってる時の祐巳とそっくり」
「そうですか?よく言われるんですけどあまり嬉しくはないんですよね」
「あら?私は羨ましいけれど」
「まぁ得する事もあるんですけどね」
「例えばどんな?」
『今みたいな時ですよ』、と心の中で呟いた。
祥子さんの男嫌いは聞いている。祐巳に似てなかったら、
こうして彼女の笑顔を見ることはなかっただろう。
小さい頃などは祐巳に似ていることでからかわれたりもした。
隠れて泣いたりもしたものだが、今こうして祥子さんの笑顔が見れたことだし御釣りがくるだろう。
こうして俺達はたあいない話をした。だが、それがいけなかった。
「いない、わね」
「こっちにも見たりませんね」
気が付くと、母と融さんはどこかへ行ってしまっていた。
周りを見渡したが、姿は見えなかった。
このまま探し続けるか、それとも・・・・・・。
とりあえず、これからどうしようか祥子さんの意見でも聞こうかな。
「祥子さん、これからどうしましょうか?」
「そうね・・・・・・」
つづく?