ヴァルハラ。神々の住む楽園。ヴァルハラいいとこ一度はおいで(ハ〜ト)
といっても今は戦時中。気軽に訪れて戦闘に巻き込まれたりすると、そのまま魂の消滅もしかねない危険な場所でもある。
そして、ここに悩める乙女が1人……
キンッ!キンッ!ギィインッ!
訓練場に木霊する金属音。
「てりゃぁあっ!」
ブンッ
ガキィインッ!
「ハッ、くらうかよ!」
かれこれ2時間ほど戦い続けているのは、ジャックとアリューゼ。
とあるとりでを落とす時に共に戦った2人は、どちらもいわゆる単細胞である為とても気が合った。
それからというもの、暇を見つけてはこうして2人訓練……と称した実戦を繰り広げるのである。
互いに必殺の一撃を打ち合っているので、稀に相手を瀕死に陥らせる事もあり、
そうなってしまった時の回復役としてここにいるのが、
「…ふぅ」
ため息をつきながら2人を見守るジェラード王女様なのであった。
バカ2人はそんな王女の様子にいつも気が付かないのだが、今回ばかりは違っていた。
「どうしましたジェラード殿?ため息などつかれて」
「おぉリドリーか。いいのうお主は。夫婦円満で」
「ふふ、お陰様で」
今回は珍しく、リドリーも訓練を見学に来ていたのだ。
彼女は忙しい。戦いともなれば夫婦そろって戦場に赴くし、
今日のような休暇中は最近産まれた子供たちの育児に忙しいのだ。
では、なぜここにいるのか?
最近エインフェリアとなったナツメ(享年102歳)が育児を代わってくれたからだった。
生前は3人の子供を生み、女手ひとつで皆立派な騎士にしたという。結婚はしなかったそうだ。父親はだれでしょうね?
戦いに育児、そして夫婦生活(主にこれの所為)の為に疲れが溜まっているリドリーをみかねて代わりを申し出てくれたというわけだ。
しかしリドリー、はじめは断った。
「確かに、貴女に任せれば大丈夫だろう。
しかし、それでは貴女の貴重な休暇を奪ってしまう事になる。
ロウファからデートに誘われているんだろう?
以前結婚も申し込まれたそうだし、彼との今後を考えてみるいい機会じゃないのか?
生前は一人身で大変な思いもしたのだろう?ここで新たな幸せを掴んでみるのもいいんじゃないか?」
ナツメは答えた。
「ロウファはいい人ですが、私が愛するのはあの人だけです。
それに一人身で苦労したのではないかと仰いましたが、
同じ一人身仲間と同盟を組んでいたのでそんなに苦労はありませんでした。
むしろ王女様もその1人でしたので、優遇されたくらいです。
3人もあの人の子供が出来て本当に幸せでした。ですから、今更結婚したいとはおもいません。
先ほど申しましたとおり、私、いえ私たちの愛する人は唯1人。死んだ今も変わる事はありません」
そう言って彼女はとても幸せそうに微笑んだ。……ジャックを見ていたのが少し気になったが。
と、まあそんな事が合ってリドリーはここにいるのだ。
ジェラードの視線の先を見て思う。
(なるほど、相手はアリューゼ殿か。恋愛ごとには疎いだろうし大変だな。
……よし。ここは私が一肌脱ごうではないか!面白そうだし)
リドリーはジェラードに問いかけた。
「相手はアリューゼ殿か?」
「なっ!なななな何のことじゃ!?」
「ジェラード殿の恋のお相手です。好きなのでしょう?」
「それは……エインフェリアになってからずっとじゃ。
それなりにアピールはしたつもりじゃが、あやつは一向に気付かんし」
「アピールですか。ではもう好きと伝えたのですか?」
「そ、そんな恥ずかしい事が言えるか!」
「ではどのようなアピールをなさってきたのですか?」
「えぇっと――」
ジェラードのアリューゼに対するアピール
自分がヴァルハラに逝く時に、嫌がる彼を石化させて無理やり連れて逝った。……もちろん、彼はキレた。
ヴァルハラではいつも行動を共にした。部屋も一緒だ。……トイレにも憑いていって叱られた。
戦いで彼の負った傷は全て自分が治した。周りのやつらには手を出さないように脅しをかけた。……その結果回復が間に合わず、一度彼は消滅しかけた(ガッツで何とか助かった)。
わざとピンチに陥り、彼に助けてもらった。……その時彼は瀕死の重傷を負った。
1人では心細いと、同じベッドで幾度と無く寝た。……彼はいつも手を出してこなかったが。
「――と、まあそういうわけじゃ」
「……」
むしろ怨まれているのではないか?リドリーはそう思った。
「しかしこれほどアピールしとるのに未だに手をだしてこぬとは……やはり脈がないのかのう?最近はメルティーナとも仲が良いようじゃし」
アリューゼはメルティーナを性格ブスと呼び、メルティーナはアリューゼを野蛮人と罵る。
顔を会わせる度に口論を始めるのだが、それがジェラードには仲良くしていると見えるらしい。
とまれ、今はそんな事は関係ないことだとリドリーは考え直すと、如何すれば2人をくっつけられるか考える。
(……下手な小細工は裏目にでる可能性が高い。よし!真っ向勝負といこう!
既成事実さえあればこちらのものだ。まぁ、失敗しても私には関係ないしな)
作戦は決まった!
「ジェラード殿、ここは小細工はやめて真正面からぶつかりましょう」
「真正面から?しかしどうすればいいのじゃ……」
「その前に、貴方の思いの強さを知りたいと思います。それによって作戦は代えなければいけませんから。ちょっとこちらへ――」
そんなやり取りにも気がつかないジャックとアリューゼの戦いにも終わりが近づいていた。
いい加減息も上がってきたアリューゼは一気にけりをつけようと大技を放つ!
「てめぇの顔も見飽きたぜ!奥義、ファイナリティ・ブラ『メキメキメキッ』す……と?」
音のした方を見れば、柱を抱きしめているジェラードの姿が。
しかもその柱には、先ほどまでは無かったヒビが、ジェラードの腕の辺りを中心に無数に走っていた。
「油断大敵だぜっ、獣王突き!」
「まるすっ!」
まともに攻撃を受けたアリューゼは、吹っ飛んでいってジェラードの足元に転がった。気も失っているようだ。
「さすがですジェラード殿。これならばあの作戦できっと上手くいくはず」
「うむ。礼を言うぞリドリー」
「いえ。ちょうど本人がここに転がっているようですし、どうでしょう?今夜にでも……」
「そ、そうじゃな///」
ジェラードは顔を真っ赤にしてそう言うと、アリューゼを引き摺りながら訓練室を出て行った。
いまいち状況がつかめないジャックはリドリーに問いかける。
「リドリーどうなってんの?」
「ふふっ、秘密だ」
そう答えるとリドリーは顔を外へ向け、先ほどの事を思い出す。
『いいですかジェラードどの。作戦はさっき言ったとおり。成功させる為の私からのアドバイス、それは――――』
―翌日―
チュンチュンッ チュンチュンッ
小鳥のさえずりの聞こえる朝、ジェラードのベッドで横になる2人の姿があった。
眼を覚ましたアリューゼは、ニコニコと自分を見ているジェラードに問う。
「……なぁアンジェラ(※アリューゼは、ジェラードの事をアンジェラと呼びます)」
「なんじゃ?」
「なんでこんな事になってるんだ?」
「同じベッドで寝るのは何時もの事じゃろうが」
「そうじゃなくてだな……なぜ俺は裸なんだ?」
2人は服を着ていなかった。
昨日、気絶しているアリューゼを部屋に連れ帰ったジェラードは、
彼を寝かせる為に着ていて鎧を脱がせ(そのまま服は着せず)自分のベッドへ運んだ。
ついでに自分もベッドに入り眠りにつ……くことが興奮してしまいできなかったので、朝まで寝顔を眺めていたのだ。
「ちなみに変なことはしてはおらんぞ。やはり初めては合意の上でしたいしのう」
「はぁ?」
「これだけやってもお前は妾の気持ちに気付かんと、
いや、知っておって気付かぬフリをしておるだけかもしれんが」
「お前が何を言っているのかわからねぇよジェラード」
「つまり妾は……お前が、アリューゼのこと好きなのじゃ」
そう言って、ジェラードはアリューゼに抱きついた!
「何しやがるアンジェラ!離せ!」
「いやじゃいやじゃ!」
もがくアリューゼだが、ジェラードはピッタリとくっつき離れない。
アリューゼは、ジェラードの腕を掴み強引に引き離そうとするが……
(は、離れねぇ!なんて力だ!)
ジェラードも必死なのだ。昨日、リドリーと考えた作戦はこうだ。
アリューゼをどんな手を使っても朝まで眠らせる(幸い朝まで起きなかったので、レザードに作らせた薬を使う事は無かったが)。
彼が目覚めたら、隙を見て抱きつく。後はどんな事があっても離さない事。
実は起床時間は決まっていて、その時間が過ぎても起きてこなければ当番が起こしにいくことになっている。
今回の当番はバドラック。彼は他人の痴情には口が軽いので、数日のうちに周知の事実となるだろう。
すなわち、【アリューゼがジェラードを襲っていた】ということが。
それでジェラードが、襲われた事は水に流すので結婚してほしいと言えば、彼は断れない。
仮に断ったりしたら――軽蔑されるどころではすまないだろう。
(それまでは絶対に離すわけにはいかぬのじゃ!)
だが、どんなに必死になってしがみ付いたところで、所詮は少女の細腕。段々とアリューゼによって引き離されていく。
半ば諦めかけたその時、リドリーの言葉がふと脳裏に蘇る。
『私からのアドバイス、それは――』
「恋するヲトメは無敵なのじゃぁあああああ!!!」
メキメキメキッ
「ぎゃぁああああ!!!!!」
鯖折り。これがリドリーからヲトメの呪文と共に教えられたアドバイス!
エ○モンド・○田の得意としたこの技は、抱きしめて相手の背骨を砕くという、シンプルながらその破壊力はすさまじい技だ。
ヲトメパワーで素敵に無敵になったジェラード様は、昨日の練習で柱を破壊しかけた時の数倍の力でアリューゼの背骨を砕いた。
しかしそこはアリューゼ。背骨が折れたくらいで気は失わぬ!何とか動く上半身だけで最後の抵抗を試みる。
彼の勘が告げていた。このままではまずいと
カツ、カツ、カツ、カツ
まずいまずい、絶対にまずい!
カツ、カツ、カツ、カツ、
早く離れなければ!はやく、はや――
カツ、カツ、カツ、 ガチャ
「おぉ〜いお二人さん。乳繰り合ってるとこ悪いが時間なんで起き……」
時が止まった――――そして動き出す!
「ま、結婚式には呼んでくれや。それじゃごゆっくり……」
バタンッ
「ま、待ってくれーーーーーー!!!」
アリューゼの悲痛な叫びは、いち早く言い触らさんと駆け出したバドラックに聞こえるはずもなく。
その日のうちに仲間のほとんどに伝わり、もはや収拾がつかなくなってしまっていたのだった。
こうして、生前は国家反逆者として墓に入ることが出来なかった彼は、死して数十年経ちようやく墓に入ることが出来たのだ。
すなわち――人生の墓場へと