ざーざーざー
        ぴちゃぴちゃぴちゃ


雨降る夜道をてくてく歩く


ざーざーざー
        ぴちゃぴちゃぴちゃ


聴こえるのは、雨の音とぴちゃぴちゃという足音。


ざーざーざー
         ぴちゃぴちゃぴちゃ









雨を歩いて







今日は歩いて帰ろう


そう思ったのは何故だったか。
学校が終わって、僕とアスカはシンクロテストの為にNERVへ行った。
でも初号機で不具合が見つかり、僕だけが残る事になった。
アスカも待ってくれると言っていたけれど、どうしてか僕はそれを断った。
案の定、アスカは怒って帰ってしまった。
見ていたミサトさんも困った顔をしていた。
アスカをなだめるのは、先に帰るミサトさんに任せて、僕は1人で歩いて帰ることにした。


ざーざーざー
         ぴちゃぴちゃぴちゃ
ざーざーざー
         ぴちゃぴちゃぴちゃ


NERVから、僕ら3人の家までは歩いて約1時間。
だから、いつもならばリニアを利用する。
だって疲れるじゃないか。
でも何故だろう。今日は生憎の雨。
歩くなんていつも以上に疲れるのは解っているのに。
僕は歩いて帰ろうと思った。


ざーざーざー
         ぴちゃぴちゃぴちゃ
ざーざーざー
         ぴちゃぴちゃぴちゃ



もう30分は歩いただろうか。いつもは賑やかな街の商店街も、
時間が遅いのと雨が降っているのとで人が見当たらない。

 
 

 

 


ひとり

 
 

 

 


僕はなんとも嬉しくなった。
雨の降る夜道を1人歩く。この景色を1人占め。
なんて贅沢なんだろう。

   
 
 

 
 


   
 
 


ふと

 
 

 
 


 
 


乗り捨てられた自転車が目に入った。

 
 

 
 


 
 

思い出すは昔の記憶。
あの日も雨が振っていた。
僕は土手に乗り捨てられた自転車を見つけて。
たぶん自分を重ねて見たんだろう。
持って帰ろうと思った。
でも、しばらくしたら警察の人に止められて。


「どこから盗んできたんだ」


って聞かれた。


「捨てられてたから拾った」


何度もそう言ったのに聞いてもらえなかった。
しばらくして、連絡を受けたおじさんが迎えに来た。


「自転車が欲しいなら言ってくれれば買ってあげるのに!
 そのくらいのお金はちゃんともらっているのよ!?」


その時は、信じてもらえないのがただ悲しくて。
僕はいっそうおじさんたちに心を閉ざした。
おじさんたちも、そのうち僕を避けるようになって。
あの日から2ヵ月後。僕はプレハブ小屋に住む事になった。


「なんでだろ?今は悲しくない」


この街に車では、あの出来事は悲しい思い出の1つだった。
なのに、今思い返してみると悲しくない。
それどころか・・・・・


「結局、僕が拒絶していただけだったんだなぁ」


そう思う。
思い返せば、おじさんたちは何とか僕の心を開こうとしていてくれたんだ。
毎日学校で何かあったか聞かれ、出来うる限り食事も一緒にとった。
休日には一緒に出かけることもあった。
僕がプレハブ小屋で暮らし始めるまでは。



あそこでは、僕はいじめられていた。


「妻殺しの息子!」


初めてそう言われて学校で殴られた時、
僕はおじさんたちに裏切られたと感じた。
だって、母さんの事を知っているのはあの2人だけだと思っていたから。
実際は、研究所ゲルヒン(現在のNERV)の職員が、週刊誌に情報を売ったからだった。
その事実は、この街に着て初めて解った事だった。
いや、本当は気付いていたはずだ。
僕は、ただ心を閉ざし耳を塞いでいただけだった。
記者達は、遠慮なくおじさん達の家にまで押しかけてきた。
おじさんたちはその彼らに向かって毎日怒鳴っていた。
あの時僕は、おじさんたちはどうせ自分達の生活を守る為にやってるんだ!
って思っていたけど、ようやく思い出した。


「そのことが事実だったとしても、こんな小さい子供に聞いて良い事ではないだろう!」

「ただでさえ、母親がいなくなって悲しんでいるのに・・・・・。
 どうしてこの子をそっとしておいてあげないの!?」


おじさんたちは、そう言って怒鳴っていたんだ。
あの時それに気が付いていれば。
向こうでの生活は楽しかったのかもしれない。
いや、今からでも遅くない。
ちゃんとおじさんたちに謝らなくちゃ。
そして御礼を言いたいな。


ざーざーざー
         ぴちゃぴちゃぴちゃ
ざーざーざー
         ぴちゃぴちゃぴちゃ


SATでお気に入りの曲を聴きながらてくてく歩く。
今度は、泥まみれになって落ちているサルのキーホルダーを見つけた。


「だから、私は強くなくちゃいけないの」


思い出したのはアスカの事。
彼女から聞かされた過去。
母親の死。第1発見者はアスカ。
雨の日の葬儀。
ただ1人泣かなかったアスカ。
それからは独りで生きていけるようにと、ずっと1番であり続けようとした。
頑張って、スキップして大学も卒業。


「だから、私は強くなくちゃいけないの」


泣きたくなった時、自分を奮い立たせる為に言った言葉。


「強くなくちゃいけないの」


心を閉ざす事を選んだ僕と反対に、
自分をまわりに示す事を選んだ彼女。


「だから、私は泣かないの」


彼女の言葉。
2人きりの夕食後、いきなり告白されて、そして彼女の過去を聴いた。


「あんたが全部私のものにならないなら、私は何も要らない」


そう言って涙を流す彼女を見ながら、
彼女、アスカと青い髪の少女との間で揺れ続けていた僕。
心地よかったから、ずっとこのままでいたいと思っていた。
それがどれだけアスカを苦しめる事になったのか・・・・・・。
アスカに言われて、胸が苦しくなって、真剣に考えた。


「逃げちゃ駄目だ」


今まで、そう言って結局は逃げていた僕。
そう言って自分をごまかしてたんだ。
でも、アスカの気持ちを知って本当に「逃げちゃ駄目だ」と思った僕は、
悩んで悩んで・・・・・・2週間。


「結婚してください」


アスカにそう言った。
彼女は振られると思ってたようで、僕の言葉を聞いてしばらく呆然としていたけど、


「普通『付き合ってください』でしょ?まったくバカシンジ。
 でも・・・・・・こちらこそよろしくお願いします」


そして2人で笑いあった。


ざーざーざー
         ぴちゃぴちゃぴちゃ
ざーざーざー
         ぴちゃぴちゃぴちゃ


ようやく見えてきた僕らの家。
先に帰ったアスカとミサトさんが、お腹をすかせて待っていることだろう。
傘をたたんでエレベーターに乗る。
気がつかなかったけど、わざと音をたてて歩いたからなのかな?
膝の辺りに泥がついていた。
最近、洗濯はアスカにやってもらっているから、
「こんなに汚して!」って怒られるかもしれないな。


「ふふふ」


不思議に笑みがこぼれる。
そして、ふと思った。


「そうだ・・・・・」

 
 

 
 


 
 

 
 

「・・・・・ったく!こんな時間まで何やってんのよバカシンジ!」


ミサトはリビングでえびちゅを飲みながら、
目の前で猛っている赤鬼さんをどうなだめようかと思案していた。


「アスカ、少しは落ち着きなさい」

「煩いわよミサト!」

「・・・・・だみだこりゃ」


ミサトは早々と諦める事にした。
そしてグビグビとえびちゅを飲み干す。


「お腹すいたわねぇ〜。アスカ、何か作れないの?」

「だから煩いって言ってるでしょ!
 そんなに食べたきゃ自分で作ればいいじゃないの!」

「え?いいの!?」

「勝手にすればいいでしょ!」


ミサトは料理が好きだ。得意料理はカレー。
毎回とても美味しく(ミサトにとっては)仕上がる。
ただ、何故か他人が食べると気を失ったりしてしまうのだが。
以前も、シンジとアスカはカレーを食べた後バッチリ入院し、
病院で1週間過ごす事となった。
そんな事があったため、ミサトはシンジたちに言われていた。
許しが出るまで料理禁止と。
アスカに許しをもらったミサトは、嬉々として料理に取り掛かった。
もちろん、作るのはカレーである。
こんな時の為に、シンジには内緒(知られると捨てられてしまう)で材料を用意していたのだ。
レトルトを基調とし、秘密の調味料で味を調える。
暖めて混ぜるだけなので、10分もあれば作ることが出来るだろう。


(シンちゃんも疲れてるだろうし、今日は私が一肌脱ぎますか!
 何時もより気合を入れて美味しく仕上げなくっちゃねん♪)


キッチンでサバドが始まった。

 

 

さて、ミサトに許可を出したアスカだが、果たして本当に許可をしたのだろうか?
答えは否だ。
シンジの事をいろいろ考えている時に話しかけられたので、
適当に答えていただけだった。
彼女は知らない。
直ぐ後ろで何が行われているのかを・・・・・。
今の彼女は、教えられても気がつくまい。
なぜなら、全身系を集中して玄関の気配をうかがっていたのだから。


「・・・・・・・」


それから少し時間がたち、アスカのイライラも頂点に達し、
もう我慢できないと、シンジを迎えに行こうと玄関まで行った時、


「ただいま〜」


シンジが帰ってきた。


「遅いじゃないバカシンジ!こんな時間まで何やってたの!」

「あぁ、アスカ」


シンジは微笑む。
それがまたアスカはイライラする。


(あたしがこんなに心配してたってのに!)


アスカは怒りに任せ、シンジを平手打ちにしようと右手を振り上げた。
だが、一瞬はやくシンジに抱きしめられる。
耳元に口を寄せられ、かかる息がこそばゆい。


「アスカ」

「シンジ・・・・」

「好きだよ」

「きゅ、急に何よ?」

「愛してる」

「あっ」


いたいくらいにぎゅっと抱きしめられる。
シンジは、そしてアスカの頬に優しくキスをした。


「ねぇアスカ」

「・・・・・なに?」

「今週休みをもらってさ、一緒に出かけない?行きたいところがあるんだ」

「いいけど、どこに行くのよ?」

「叔父さんたちに逢いにね。アスカを紹介したいんだ」

「紹介って?」

「うん。『僕と結婚する人です』って」

「ふぇええ?」


アスカの呆気にとられた顔を見たシンジはもう一度微笑むと、
手を取り、リビングへと向かう。


「お腹すいたでしょ?すぐに作るね」

 
 

 
 


 
 

 
 


 
 

 
 


 
 

 
 


 
 

 
 

 
 


 
 

Fin

 

 
 

 
 


 
 

 
 


 
 
 


 
 

 
 
 
 
 

 
おまけ

 
 

「・・・・・アスカ、なぜ?」


絶望し、かすれた声でシンジはアスカへ問いかけた。


「知らない・・・・あたし知らない!」

「お帰り〜シンちゃん。疲れたでしょ?
 何にもしないアスカに代わって不肖葛城ミサト、全力を尽くしました!なんちゃってねん」


目の前には、ミサトが全力を注いで作り上げた『ミサトカレー』が堂々と鎮座している。


「た〜くさん作ったからいっぱい食べてね!」

「は、あははははははは・・・・・・カヲル君、そこにいたんだね?」

「死ぬのはいや死ぬのはいや死ぬのはいや死ぬのはいや」


結局、2人は休暇を取ることは出来たが、
入院を余儀なくされ叔父たちに会いに行くことはできなかった。





後書きみたいなもの

なんじゃこりゃ?これがスランプということか?
短編て難しい・・・・・





短編の部屋
その他の部屋へ
お品書きへ
TOP