「何が?」
「アイしあう二人がトーダイってとこにはいるとね、シアワセになれるんだって」
「ふーん」
男の子と女の子が砂場で遊びながらそんなこと話していた。
「ほら、もういくわよ」
女の子の母らしき女性がそう声をかける。
「ばいばい!けーくん!約束だよ!」
「うん!わかったトーダイだね!」
「あの人は大丈夫かな」
静岡にて青年が呟いた。
彼の名は浦島景太郎。和菓子の老舗『浦島屋』の跡取りである。
19歳で、ある約束を実現する為に東大を目指し目下勉強中である。
高校は2年前に卒業している。では、現在浪人生なのか?
違う。ある理由により受験できなかったのだ。
実は約束の事はすっかり忘れていたのだが、先日夢を見て思い出し、
どうしても東大を受験したいと家族を説得したのだ。
彼には考古学者になりたいという夢があった。
このままいけば、浦島屋を継ぐこと確実である。
だから、家から離れる理由が欲しかったのだ。
一応妹はいるのだが、彼女は祖母と世界中を旅していて、もちろん家を継ぐ気は無い。
後継者は景太郎しかいなかったのだが、幸いなことに母は今妊娠している。
うまくやればその子に継がせることができるだろう。
それに東大では、考古学者として有名で景太郎にも縁ある人が教授として在籍している。
東大に行く事は、夢実現のチャンスだったのだ。
両親も、景太郎が合格するはずは無いと思っていたので、
東大に合格すれば店は継がなくても良いと言ってくれた。
正直、約束の事はどうでも良かったし、女の子も忘れているだろうと思っていた。
しかも自分には心に決めた人がいる。
彼女との幸せの為にも、東大に入る事は必須だった。
その彼は今、神奈川県日向市にある旅館『日向』を目指している。
実家から離れて勉強したかったし、大学に通うあいだ住む場所を探していた。
大学にもそれ程遠くないし、家賃もかからない。
日向旅館はまさにうってつけだった。
「根は真面目だから心配要らないか。それに料理は得意だし。
あ、でもお菓子は作った事無いって言ってたな。
・・・・・・本当に大丈夫だろうか?母さんあれで厳しいし。
東大受験の条件が、あの人に和菓子職人としての修行をさせることだなんて。
でも俺が合格すれば、店を継がなくても良いって言ってたし頑張らないとな。
でも婆ちゃん、「来るなら1週間後にしろ」ってどういうことだろう?」
彼は、両親に約束を取り付けたその日に、
たまたま家に帰っていた祖母に話をしたのだが、
やる事があるから1週間後に来るように言われた。
そこで、どうせなら1週間ゆっくり旅をしながら行こう思い、
新幹線を使わずに徒歩で日向旅館を目指していた。
楽しかった。色々なところへ寄ったし、その土地の名物といわれる物はあらかた食べた。
だが、気がつけば6日経っていた。
祖母と約束した次の日に出発したので、今日がその日ということになる。
さすがにまずいと思い、仕方なく神奈川行きの新幹線を利用しようと、
駅のプラットホームで時間を潰していたのだ。
その時、
「××××××!」
「×××××××××!」
何やら言い争う声が聞こえた。
なんだろう?彼はそう思い近づいていった。
「――だから、さっきから謝っているでしょう!?」
「誠意ってものが感じられないんだよお嬢ちゃん。
見てみろ。可哀想に、マサのやつ腕が折れてるじゃねぇか」
「うぅ、いてぇよ兄貴」
「それのどこが折れてるって言うのですか!」
「マサが折れてるって言ってんだから間違いねぇ。
こりゃ慰謝料を貰わねえとな。治療費とあわせて・・・・・50万くらいかな」
「そんな大金、払えるわけ無いでしょう!?」
「なぁに心配すんな。仕事はうちで紹介してやるからよ。
そこでちょ〜っとオッサン達の相手をすりゃあ簡単に稼げるぜ?」
「・・・・体を売れと?ふざけないで!」
高校生くらいの少女『市川えみ』が、柄の悪そうな2人組みに絡まれていた。
いまどき珍しい手口で金を要求する2人。
周りには沢山人がいるし―えみを助ける気は無いみたいだが―
駅員もすぐに警備員をよんでくるだろう。
「・・・って触らないで!」
「良いじゃねえかお嬢ちゃん。続は向こうで話そうぜ」
さすがに長くここにいるのはまずいと思ったのか、
そう言って無理やりえみを連れて行こうとする。
景太郎は、ため息をつくと彼らのほうへ歩いていった。
「そのくらいにしておいた方が良いんじゃないんですか?」
「あぁ?誰だよお前」
「マサさんでしたっけ?」
そう言って、マサといわれる人物の両腕を掴み、激しく上下に振る。
「な、何しやがんだ手前(てめえ)!」
「あれ?腕折れてるんじゃないんですか?」
「あ!」
マサは、景太郎に向かいファイティングポーズをとった。
どう見ても、折れている様子は無い。
「し、しまった!」
「見逃してあげますから、そろそろ行った方がいいんじゃないかな。
ほら、向こうから警備員が・・・・」
「ちっ行くぞマサ!」
「あぁ、待ってくださいよ兄貴」
2人は逃げていった。それはもう物凄い速さで。
改めて、えみへ向き直る景太郎。
「大丈夫?」
「は、はい。助けていただいてありがとうございました」
優しく微笑みかける景太郎に、
安心したのか涙目になって言うえみ。
景太郎は、慰めるように優しく彼女の頭を撫でる。
そこへ
「えみ、大丈夫か!?」
と、少女が駆けて来た。
背が高く、凛とした雰囲気を漂わせている。
名を青山素子といった。
彼女は、景太郎と涙目で頭を撫でられているえみを見るなり、
勘違いしたのか
「貴様か!えみに絡んでいたという奴は!
これだから男は・・・・成敗してくれる!」
「えぇ?ちょ、違うおれは・・・」
「問答無用!!」
「ぐべらごぶらきぃん!」
景太郎は、10メートルほど吹き飛んだ。
「も、素子さま違うんです!」
「そ、そうなのか?」
「だ、だから・・・言っ・・・・た・・・の・・に」
「す、すいません!大丈夫ですか!?」
「こ、これくらい平気だよ。ははは」
「東大を目指しておられるのですか」
「そうなんだよ」
和やかに談笑する3人がいた。
誤解も解け、深々と頭を下げて謝罪する素子を笑って許した景太郎は、
同じ新幹線に乗る事も分かって、旅は道連れと同席することにしたのだ。
だが、素子には連れが居た。同じ高校の剣道部員達である。
彼女達は、えみを助けに行ったはずの素子が男連れで帰ってきた事に驚いたが、
害はなさそうに見えたので、素子の提案を受け入れ同席を許した。
総勢20人の乙女達の中に男が1人。かなり目立つ。
しかも楽しそうに話をしており、同じ車両の男達からは嫉妬の目を向けられていた。
女生徒たちも、男嫌いの素子と自然に喋っている景太郎に少なからず嫉妬をしている。
「それも15年前の約束を守るために、ですか。立派です」
「建前上は、ね」
「どういうことですか?」
「俺はね、素子ちゃん」
「素子ちゃん・・・・・」
後ろの席で2人の様子を窺っていた『松本幸代』が、少し怒気を含ませて言う。
「あ、ごめん。馴れ馴れしかったかな?」
「いえ、私はかまいません。幸代も失礼だぞ」
「し、しかし素子さま」
「私が良いと言ってるんだ」
「・・・・分かりました」
とは言ったものの、納得はしていない様子の幸代。
周りの女生徒も―主に下級生が―景太郎が助けたえみでさえ―景太郎を睨んでいる。
上級生の殆どは面白そうに事を見守っているが。
景太郎は冷や汗をかいた。
女子高はそういう所だと聞いていたが、まさかここまでとは。
「お前達もだ。すみません、浦島殿」
「いや、俺は構わないんだけどね。
それにしても素子ちゃん、随分と慕われてるんだね」
「え?ええ、まあそれなりに」
素子は、景太郎の言った意味が分かったのか少し困ったふうにそう言った。
「ところで浦島殿。建前とは?」
「俺はね、考古学者になりたいんだ。
でも俺の家は和菓子の老舗だし、やっぱり跡取りは必要なんだよ。
このままだと俺が継ぐ事になるのは確実なんだ。
俺は夢を叶えたい。
それで両親に夢の事を含めて話をしたんだけど、
もし東大に合格する事ができれば店を継がなくても良いって言ってくれてね」
「店はどうするのですか?」
「本当は妹が継いでくれれば一番なんだけど、婆ちゃんについて世界中飛び回ってるし。
今度生まれてくる弟に継いでもらう事になると思う。
まだ生まれてもいないのに、弟には可哀想なことをしたと思う。
でも、それでも俺は考古学者になりたい。
それで、あの人と世界を回りたいんだ」
「あの人ってことは、彼女いるんですかぁ?」
幸代の横に座っていた『尾上菊子』が問いかけた。
「まあね。あの人には悪い事をしたよ。
東大受験の条件の1つが、あの人に和菓子職人の修行をさせる事だったんだから。
まぁ、それも俺が東大に合格するまでだけどね。
東大生になれたら、一緒に暮らすことになってるんだ。
あの人を修行地獄から救い出す為にも頑張らなきゃね。ははは」
「どんな人なんですかぁ?その彼女って」
「こら菊子。あまり個人的な事を聞いては失礼だろう」
「いいんだよ素子ちゃん。あの人はねぇ・・・・そうだな、ちょっと変わった人かな」
「変わった人?」
「うん。俺も結構ドジでね。初めて会ったのは6年前なんだけど、
階段で躓いて(つまずいて)あの人に抱きついちゃってね。
その時に「うら若き乙女になんと破廉恥な・・・・許しませんえ」
って言われて斬りかかられたんだよ。日本刀で」
「に、日本刀でですかぁ?」
「それで30メートルくらい吹き飛ばされたんだけど、
そのときの俺は丈夫なだけがとりえでね。傷1つ負ってなかったんだ。
それであの人は驚いてまた斬りかかって来たんだ。
でも、服は破れたり血は出たりしたけど、俺が一向に倒れないもんだからキレちゃってね。
詳しくは言えないけど、奥義ってのを使われたんだ。
もちろん、俺は吹き飛んだよ。でも、それでも気を失う事は無かった。
さすがに立てなかったけどね。
そういえば、後ろに有った岩は綺麗に真っ二つになってたな。
そしたら「うちの本気をうけて倒れんかったお人は初めてや。
気に入りました。良かったらお付き合いしまへんか?」って言われたんだよ」
景太郎は笑いながら話しているが、内容はとんでもないものだった。
特に、素子には理解できた。
素子は、景太郎が嘘を言っているとも思えなかった。
さっき景太郎を斬ったとき、実は手加減を忘れていたのだ。
獲物は竹刀だし、奥義も使用していない。
だが、それで10メートル。
景太郎の言う「あの人」は、真剣こそ使っていたが、
おそらく本気ではなかったのだろう。それで30メートルも飛ばしたのだ。
(浦島殿の言うあの人・・・・・もしかしたら姉上クラスかもしれんな。
岩をも綺麗に切り裂いたそうだし。
そういえば姉上が「好きな人ができた」といって家を出たのも6年前だ。
まさかそんな筈はないか。姉上に見初められるくらいなら私の剣も避けただろうし)
「どうしたの?素子ちゃん。やっはりつまらなかった?」
「え?」
どうやら、無言で考えていたのを景太郎に誤解されたようだ。
素子は慌てて
「いえ、ちょっと気になった事があったので。
浦島殿。その方はもしかして京都の出身では?」
「よく分かったね。でもどうしてそう思ったの?」
「私の実家も京都なんです。代々剣術をやっているのですが、
岩を斬る技もありまして。もしかしたら知り合いではないかと」
「そうなんだ。う〜ん、そういえば素子ちゃんにちょと似てるかな。
案外親戚とかだったりして」
「ハハハ。そうですか・・・・・」
(まさか本当に姉上なのか?そんな馬鹿な・・・・・)
「ここが日向旅館か」
素子たちと別れた景太郎は、無事に旅館『日向』到着した。
「すいませ〜ん、誰もいませんか〜!?」
返事は無かった。それどころか物音1つしない。
「もしかして、この旅館潰れちゃったのかな?でも住む分には問題無いか。
誰もいないみたいだし、これからどうしよう?
・・・・・・よし、汗もかいたし温泉にでも入ろうかな」
そうして温泉に入っていたわけなのだが
(ど、どういうことだ!?何で女が入って来るんだよ!
ま、まさかここ女湯だったのか?うぅ、どうしよう・・・・・)
景太郎はゆっくりと温泉に浸かっていたのだが、
しばらくすると戸が開いて女が入ってきた。
触覚のような髪が2本ピンッと立っているが、中々の美人だ。
まずいと思った景太郎は直ぐに出ようと思ったのだが、
女は知り合いと勘違いしたのか「女らしくなったでしょ?」と言いながら近づいてきた。
それもタオルも巻かずに。
景太郎は、それを見て立つに立てない状態に陥り、何とか逃げ出す手はないかと考えていた。
「ちょっと、聞いてるの?」
「うわっ!」
「へ?」
彼女は景太郎の肩を掴み、無理やり自分のほうを向かせた。
その拍子に声を出してしまい、
「も、もしかして男?」
「ははは・・・・ごめん」
彼女はようやく勘違いに気が付いたらしい。
そして
「ち、痴漢よ〜〜〜!!!!」
「うわぁ〜〜誤解だ〜〜!!!!!」
景太郎は逃げ出した。
「ぜ〜〜〜たいに反対です!」
触覚女は、どうやら『成瀬川なる』というらしい。
あの後、迫り来るなるを何とかかわして浴場から出ようとしたのだが、
扉にたどり着いたところで紺野みつね(通称キツネ)が入ってきてぶつかり、胸を揉んでしまう。
謝ってまた逃げ出したのだが、廊下に出たところで腰に巻いていたタオルがはずれ、
たまたまそこにいた前原しのぶにナニを見せてしまう。
泣き出した彼女を必死に宥めていると、
どこからとも無く飛来した褐色の少女・カオラ・スゥのとび蹴りを頭にうけ気絶。
気が付くと、食堂の天井から縄で縛られ吊るされていた。
そこで散々罵倒され、なるが怒りに任せ景太郎を殴ろうとし、
もはやこれまでの人生と景太郎が諦めかけている時に救いの女神(浦島はるか)が参上。
命を救われた。
はるかにより何とか場は収まったのだが、そこではるかが
景太郎に
1. ここがもう旅館ではない事
2. 今は日向荘という女子寮になっている事
3. 祖母はここにはいない事
などを説明し、最後に
4. 日向荘の管理人が景太郎になった事(これに1週間かかったらしい)
を話したのだが、もとから景太郎に対し良い感情を持っていなかったなるが猛反対。
今に至る。
「ぜ〜〜〜たいに反対です!」
「なる。何でそんなに反対するんだ?」
はるかが問いかけると、
「だってコイツ風呂は覗く(そもそも景太郎が先に入っていた)し、
下着は盗む(そんな事はしていない)し、
私の胸は揉む(揉まれたのはキツネ)し、
変なものは見せるし最低の奴なんですよ!!?
こんな奴と一緒に暮らしていたら何されるか分かったもんじゃないわ!」
「あの〜、俺は何にもしないよ」
「
あんたは黙ってなさい!
とにかく、私は反対です。こんな奴が管理人だなんて」
「婆さんの指示でもか?」
「うっ・・・・そ、それでもです!」
はるかは伝家の宝刀を使ったのだが、なるは意見を変える気は無いらしい。
ため息1つすると、他の寮生に話を振る。
「お前達はどうなんだ?」
紺野みつねの場合
「うちか?うちは・・・・・・・ええで。婆さまには逆らえへんし」
前原しのぶの場合
「わ、私ですか?・・・・・その、やっぱり男の人はちょっと」
カオラ・スゥの場合
「構わんで。ケータローっていい匂いがするし。何か兄さまみたいやし」
と、賛成2票反対2票で見事に割れてしまった。
だが、なるは自信満々にこう言った。
「これで決まりね。賛成3で可決。私たちはあんたを管理人と認めないわ」
「ちょ、待てよ!どう見ても2対2じゃないか!なにが賛成3だよ」
「ふふん。確かに今は2対2よ。だけど、寮生はもう1人いるの。
あの子男嫌いだから、聞くまでも無いわ」
「そ、それは直接聞いてみるまで分からないだろ!?」
「無駄だと思うけどねぇ」
「せやなぁ。あいつは無理やろうな」
「そうですね」
「何やつまらんなー。ケータロー出て行くんか?」
「う〜む、あいつは無理だろうな」
皆は口々にそう言った。はるかまでもそう言うのだ。
景太郎は段々と不安になってきた。
だが、彼は追い出されるわけにはいかない。
こんなところで躓くなんて。
この先東大受験の勉強も控えている。無駄にしている時間は無いのだ。
それに、稼ぎの少ない自分にとって、ここは彼女と一緒に暮らすためには必要な場所である。
間違っても、彼女を働かせるわけにはいかない。
それに彼女は大切な役目があるのだ。もちろん景太郎も手伝っているが。
それのおかげでまともに働く時間はない。
依頼されれば結構な儲けがあるが、2人は殆ど慈善事業でやっているのだ。
いっそなる達を追い出そうか?
そんな危険な考えが頭に浮かぶ。
慌ててそれを振り払うと、何か打開策はと思案する。
そして、運命の時はやってきた。
「ただいま帰りました」
「帰ってきたわね」
「おかえりモトコー」
「こら、スゥ!いきなり抱きつくな」
「・・・・もとこ?」
玄関から、背の高いポニーテールの少女が歩いてくる。
景太郎には、彼女に見覚えがあった。
「どうしたのですか・・・・・って浦島殿?」
「お、お帰り素子ちゃん」
素子はしばし呆然とした。