「お、お帰り素子ちゃん」
素子はしばし呆然とした。
「私は構いませんが」
素子は、席に着いて茶をすすりながら答えた。
その言葉に皆驚いたのだが、一番反応したのは
「ええ!?どうしてよ素子ちゃん!こいつ男なのよ!?」
やはりというか、なるだった。
「確かに浦島殿は男ですが・・・・・・」
「そうよ!しかもコイツは痴漢なのよ」
「どういうことですか?」
素子ははるかに問いかけた。
はるかは苦笑すると、
「いや、不幸な事故が重なってな。実はかくかくしかじかというわけで」
「そうですか。そんな事が」
はるかは、実に便利な日本語を用いて説明をした。
「なる先輩それは誤解です。浦島殿はそのような事をする方ではありません」
「そういえば素子。あんた随分管理人の肩を持つんやな。
なんや知り合いやったんか?」
「ええ。合宿先でちょっと」
「それにしてもやな」
「よく考えて素子ちゃん!信頼できるかもしれないけど、万が一って事があるじゃない!」
「万が一とは?」
「例えば、夜中にムラムラっときて思わず・・・・とか。
ここは廊下と部屋の区切は障子と襖だけしかないから、鍵なんて無いでしょ?
襲われたら一発よ!」
「それはそうかもしれませんが・・・・・はるかさん」
「なんだ?素子」
「浦島殿は浮気をするような人ですか?」
素子の問いに、はるかは考える。
しばらく「う〜ん」と唸っていたが、
「浮気はしないタイプだな。
ただ、コイツは結構なドジだからさっきのなるの様な事は度々あるだろうが」
「それなら、なる先輩の心配も多分大丈夫ですね」
「どういうことや?素子」
「浦島殿は既婚ですから」
素子の台詞に、場は一瞬固まったが
「「「「ええ!!!!?」」」」
と、何故かはるかまでもが驚いていた。
はるかは、素子の制服の襟を掴むと、前後に激しく振りながら
「も、素子!それは本当か?」
「は、はるかさん苦しい・・・・」
「ん?あぁスマン。それでどうなんだ」
「けほっけほっ。本当です。
というか、はるかさんは知らなかったのですか?」
「あぁ。景太郎?これはどういうことなのかな?」
はるかは景太郎を問い詰める。その様子に
(もしかしてはるかさん、浦島殿のことを・・・・。
いやしかし、2人は叔母と甥の関係なのに)
と素子と思ったのだが
「私より先に結婚とはどういうことだ?相手は誰だ?
さっさと言え。でなければ帰れ!」
「帰れってなんだよはるかさん。
実は入籍だけ去年先に済ませてたんだ。ゴタゴタが落ち着いたら式を挙げようと思って。
相手は鶴ちゃんだよ」
「なんだと!だからあいつ、昨日の電話で「行き遅れのはるかはん♪」
なんて言ってたのか・・・・・。景太郎、よりによってなんであいつなんだ!」
「は、はるかさん?」
「分かるか景太郎?私とあいつはライバルなんだ。仕事でも私生活でもな。
そのライバルに先を越された私の気持ちが。お前に分かるか!?」
「そ、その・・・・・・すいま、せん」
はるかの気迫に押され謝る景太郎。
壁にまで追い詰められ、半分めがねがずれた状態で謝る様は、なんだか情けない。
おまけに首も絞められており、顔色は段々と青く・・・・・
「はるかさん、そのへんにしておいた方が・・・・・」
「え?け、景太郎!?誰がこんな事を・・・・・」
(((((あんただよ!)))))
みな心でそう思った。
「酷いですよはるかさん」
「す、すまん景太郎」
「落ち着いたところで、管理人に聞きたい事があるんやけど」
みつねがそう切り出した。
「肝心の嫁さんはどこや?」
「そういえばそうだな。景太郎、あいつはどこだ?」
「素子ちゃんには話しましたけど、俺が大学を受験する条件が
あの人に和菓子職人の修行をさせることだったんですよ」
「あいつが和菓子?似合わんな」
「でも京美人だし、和菓子は似合いますよ」
「和菓子は似合うだろうが、作ることが似合わん。
だいたい、あいつは破壊せんもんだろ?神鳴の剣士だし」
「それはそうですけど」
「ともかくだな―――――――――」
素子は、景太郎とはるかの会話を聞いて、
確信を深めると共に胸をなでおろす。
(やはり、浦島殿の結婚相手は姉上なのだろう。
男の管理人は正直嫌だが、もし姉上に追い出したと知られたら、
お仕置きがまっているだろうからな。
うぅ、お仕置きは嫌だ!)
「―――――――素子、どうしたんだ?そんな所でうずくまって」
「へ?」
素子はどうやら、考えているうちにうずくまっていたようだ。
余程姉のお仕置きが恐いのだろう。
「だ、大丈夫です。何でもありません」
そう言って立ち上がる。すると景太郎が
「そういえば素子ちゃん。ありがとう賛成に回ってくれて」
「いえ。信用できると思っただけですから」
「会って間もないのに信用してくれたんだよ?
嬉しいよ。ありがとう」
そう言って素子に近づいて手を差し出し、握手をしようとする景太郎。
だが、やっぱりこの男はやってしまう。
「あっ!」
こけた。
「ひぁあっ!」
差し出した手は素子の胸に。
「こ、この・・・・斬岩けーーーーーん!」
「ぷろあるい!」
見事に吹き飛ぶ景太郎。
「浦島貴様!成敗してくれる!」
「そうよ素子ちゃん。一緒に追い出しましょう!」
「そうですねなる先ぱ・・・・・・って、それはできません」
「な、何で?素子ちゃんだって今被害を受けたじゃない!」
「う"っ・・・・・それだけは駄目です!浦島には管理人をしてもらいます」
頑なに追い出すことを拒否する素子。
(ここで追い出したらお仕置きが・・・・・・それだけは嫌だ!)
「まぁあれや。取り敢えず無事就任ちゅうことでいっとこか。せーの」
「「「「「ようこそひなた荘へ!」」」」」
そんなこんなで景太郎、無事(?)管理人に就任。
その晩、管理人室にて景太郎とはるかは話し合っていた。
「ところで景太郎。お前大学はどこを受けるんだ?」
「もちろん東大です。先生もいますし」
「そうか・・・・・・お前も考古学を?」
「はい。いずれ鶴ちゃんと世界を見て回りたいんです」
「だが店はどうする?」
「弟に任せます」
「やれやれ。まだ生まれてもいないのに大変だな」
「ははっ。そうですね」
「なるも確か東大を受けるはずだ。
予備校の事とか相談してみたらどうだ?」
「なるってあの触覚の人ですよね?あの人苦手だなぁ」
「お前が悪いんだろ?まぁ話してみる事だ。
それじゃ私は戻るからな」
「はい。おやすみはるかさん」
「おやすみ景太郎」
翌日
「はいこれ。管理人の仕事よ」
「は?」
しのぶの作った朝食を食べ終わった後、景太郎はなるから紙の束を渡された。
かなり分厚い。
「・・・・・これ全部?掃除とかは分かるけど、
外壁の修理とかもあるんだけど」
「そうよ。全部よ」
「業者に頼んだほうが良くない?というか俺勉強があるんだけど」
「どうせ合格できないあんたの受験勉強より、管理人の仕事の方が大事よ!」
「そんな言い方はないだろ?」
「とにかく、全部やる事。いいわね!じゃ私学校があるから」
そう言って、なるは食堂を出て行った。
「はぁ、仕方ないな。取り敢えず食後の後片付けからはじめるか」
「あ、あの!それくらい私が」
「いいよ、しのぶちゃん。君も学校があるだろ?」
「へ?ああ!もうこんな時間!急がなきゃ」
「では私も」
「ウチもー」
しのぶに次いで素子、スゥも食堂を出て行った。
みつねはというと
「うちは徹夜のバイトやって疲れてん。もう寝るわ。おやすみ〜」
と去っていった。昨日は景太郎の歓迎会をしたはずなのだが・・・・・。
「とにかくやるか」
どんな事でも、言われた仕事はきちんとこなす。それが彼だった。
「さぁ!がんばろう」
「結局殆ど勉強できなかったなぁ」
景太郎の仕事の内容は、居住区である南館のすべての廊下の掃除にはじまり、
庭(喫茶ひなたまでの階段を含む)を掃く、洗濯、昼食・夕食の準備と後片付け、
それと外壁の修理だ。修理には足りない材料が多く、後日材料買いにも行かねばならない。
勉強を始められたのは、3時を過ぎてからだった。
5時には夕食の準備があったので、殆どできなかったと言ってもいい。
いまは、夕食後の風呂の時間だ。
もちろん、露天風呂には入れなかった。
どこからかなるが探し出した、樽を改良して作った1人がやっと入れるような風呂。
源泉からお湯は引いたのだが、くつろぐ事などできない。
場所は露天風呂のある北館の屋上に造ってあるので眺めはいいが。
というかそれだけが救いだ。
「ふぅ。これからもこんな生活が続くのかな?
これじゃ東大合格なんて夢のまた夢だよ・・・・・」
思い描くは夢の学生生活。大学で思い切り考古学を学び、
ひなた荘で妻と穏やかな時を過ごす。
いままでできなかった、夫婦らしい生活を思い浮かべる。
(子供は3人くらい欲しいなぁ。女の子2人に男の子1人。
あ、でも卒業するまで子供は待ったほうがいいかな)
そんな事を考えていると、露天風呂の方から声が聞こえた。
「そんな事までやらせたのですか!?どうりで夕食の時疲れていたはずだ」
「ふふん。管理人として当然の事をさせただけよ」
「せやけどなる。やりすぎっちゅう気がするんやけどな。
景太郎は受験勉強があるんやろ?しかも同じ東大やないか。
受験生の苦労は身をもって知っとるやろ」
「どうせやっても受かりっこなんだからいいのよ。
昨日あいつの荷物を調べた時に問題集が出てきたけど、
あいつこの時期で100点中67点しか取れてないのよ?
受けるだけ無駄だわ」
「それなら、なおのこと勉強に力を入れなければ駄目ではないですか。
大体、外壁の修理は年に1度業者を呼んですることになっていたのでは?」
「うっ。そうだけどさ。
でも、これでひなた荘にいたら勉強なんてしてる暇なんてないって分かるでしょ?
あいつみたいな馬鹿でも。
そしたら、わざわざこっちから言いださなくても出て行きたくなるわよ」
そんな話声が聞こえる。
「そうだったのか・・・・・。
でも、そんな事で負けて堪るか。絶対ここで鶴ちゃんと暮らすんだ!」
下での会話は続く
「やっぱりそれが狙いかい」
「駄目です。浦島を追い出すのはいけません」
「追い出すんじゃなくて自分から出て行くのよ素子ちゃん」
「それでも酷くないですか?」
「しのぶの言う通りやでなる。それに点数が悪い言うても、
まだ3ヶ月あるやんか。それに予備校にも行く言うてたし。
なるも教えてやれば大丈夫なんとちゃうんか?」
「ちょっとキツネ。何で私が教えなくちゃいけないのよ!」
「同じ東大を目指す者同士やんか。
それに、――のヤツも他人に教えることが一番勉強になる言ってたやろ?」
「そうだけど・・・・・分かったわよ。明日からは普通に接してあげるわよ」
「それがええやろうな。でも素子」
「何ですかキツネさん?」
「やけに景太郎を庇うやないけ。もしかして惚れたんか?」
「そうなんかーモトコ?」
「違いますキツネさん!私はただ」
「ただ何や?」
「確かに、浦島先輩は優しそうですもんね。一緒にいてホッとするっていうか」
「しのぶもタイプなんか?」
「ウチも好きやでー」
「スゥもかい。大変やなモトコ〜。ライバルだらけや」
「だから私は惚れてません!それに浦島は既婚ではないですか」
「そういえばそうやったなぁ。でも――――も―――ら。こ――――」
乙女の会話は続く。
だが、声が小さくなった為に肝心なところが聞こえない。
思わず、景太郎は柵から身を乗り出して露天風呂の様子を窺う。
そのとき、腐っていたのか柵が崩れてしまい、景太郎は真逆さまに
露天風呂へ・・・・・・。
結果、どうなったかと言えば
「いやぁあああああ!カメは嫌やぁああああ!」
と悲鳴を上げたのは素子だった。
彼女は落ちてきた景太郎のナニかが、すぐ目の前を過ぎってしまい、
トラウマを刺激されたのか叫びながら露天風呂から出て行ってしまった。
しのぶは突然の出来事に固まり、
みつねは顔を赤くしながらもこちらをチラチラと見ている。
スゥは素子を追って出て行った。
なるは右の拳を握り締め、景太郎に向けて力いっぱい
「このエロガッパーーーー!!!!!」
「ゴメス!」
景太郎は見事星になりました。
「ふぅ。それにしても酷い目に遭った」
裸のまま裏山まで飛ばされた景太郎は、何とかひなた荘まで帰ってきたのだが、
体が汚れてしまい風呂に入り直す事に。
その後管理人室に戻り、妻へ今日の出来事などを手紙に書き、
昼間できなかった勉強の続きをはじめた。
「・・・・・・分からない」
2年勉強から遠ざかっていた事もあり、解説を読んでもあまり内容を理解できない。
いまは既に0時を過ぎ、4時間ほど勉強をしていた事になるのだが、
ノートは1ページの半分も埋まっていなかった。
「はぁ。やっぱり予備校に行かなきゃ駄目か」
「ちょっと見せて」
「ん?」
ふと見上げると、天井に開いている穴からなるが顔をのぞかせていた。
「成瀬川さん、こんな時間になにか用なの?」
「あんたが勉強で悩んでるみたいだったからね。
教えてあげようかなって思って」
「本当に!?ありがとう!ここなんだけど・・・・・・」
「ちょっと待って。今からそっちに行くから」
そう言うとなるは天井の穴から飛び降りた。
が、しかし
「ぐぇ"!」
「ご、ごめん」
運悪く景太郎の上に落ちてしまう。
「いたたたたた・・・・・・。気にしなくていいよ。
それよりここを教えて欲しいんだけど」
「ここはねぇ・・・・・ほら、ここがこうだから」
「ふんふん」
「そうなると―――――になるわよね?それを――――――――」
「おお!なるほど」
「――――――とこれが答えよ。分かった?」
「すごいよ成瀬川さん!ありがとう!」
「お礼を言われるほどの問題じゃないけどね。
それにしても、こんなのが分からないなんて、あんた本当に東大を受ける気?」
「あたりまえだろ。どんなに苦労しても、浪人しても絶対東大に行くんだ」
「ねぇ、何でそんなにしてまで東大に行きたいの?」
「え?う〜ん、言ってもいいけど笑わない?」
「理由にもよるけど、まぁ笑わないであげる」
「なんだよそれ。・・・・・・仕方ない。話すよ。
俺が東大を受験する理由はね、2つあるんだ」
「2つ?」
「うん。1つは、東大に憧れの人がいるんだ。
その人は考古学者でね。俺その人みたいになりたいんだよ。
もう1つの理由は、約束があったからかな」
「約束?」
「15年くらい前にね、このひなた荘で約束したんだ。
一緒に東大に行こうって。
向こうは忘れてるかもしれないけど。
俺も「一緒に幸せになる」って約束は、結婚したから守れないしね。
彼女も順調にいってたら今2年生だし。
でも、東大に行くって事だけは守りたいって思ったんだ。
俺の思い出で一番古い約束だから。変かな?」
「そんな事ない!私も似たようなものだもの。
私ね、昔頭悪かったんだ。その時に見かねた両親が家庭教師をつけてくれてね。
その人が東大生だったの。
だから、私も東大生になろうって」
「そっか。その人は今どうしてるの?」
「東大で講師をしてるって。今は海外に行ってるみたいだけど」
「そうなんだ。お互い頑張ろうね」
「そうね。がんばろ!」
2人は、硬い握手を交わした。
「ところで景太郎」
「なに?」
「呼び捨てでいいわよ。私の方が年下だし、仲間だしね」
「分かったよ成瀬川」
「じゃ、明日学校だからもう寝るわ」
「うん。おやすみ」
「おやすみ景太郎」