こうして、葛城家の夜は更けていった







シャーマンシンジ

第6話





「それでは、呼ぶまでここにいてくださいね」
「はい」

ガラガラガラ

「皆さん、おはようございます。席に着いてください」

そう言いながら、どう見ても定年をむかえているような老教師が教室へ入っていく。
第3新東京市立第3中学校。この街にいる住民の殆どがNERVに何かしら関係のある職に着いている。
そして、NERV職員の子供は例外なくこの中学校にいく事になっている。
NERVは、その特異性から国内外に敵が多い。
現状、唯一使徒に対抗できる力を持ち、
技術的に見てもオーバーテクノロジーを数々有している。
その代表はMAGIとエヴァンゲリオンだろうか。
途上国の国家予算を超えるほどの資金を得ていて、
しかも内容を公表しないので対外的に見れば何に使っているの分からない。
話し合いの場を設けても、機密保持の一点張りで何も話さず、しかも態度は高圧的。
これで敵意を抱かないほうがおかしい。
つまり、下級職員であろうと狙われる危険が高いのである。
職員自身は、大抵MAGIの監視の下に仕事をしているので良いのだが、子供はそうはいかない。
第3新東京市自体、あらゆる所がMAGIによる直接的な監視下にあるのだが、
学校と場所は、それだけでは足りないのだ。
この時代、「人権擁護団体」などの組織の力は無視できないほど大きい。
特に、ヨーロッパなどを中心とした先進国では、
セカンドインパクトの混乱が元で、多くの年端も行かぬ少年少女が犠牲になり、問題となっていた。
その混乱も落ち着いてきて、子供の安全を護る運動が高まっていた。
日本でも、混乱期の軍隊による制圧がなされていた状況で、
軍人による少年少女に対するレイプ・暴行などが日常的に行われていて、
今それが大問題になっていたのである。
よって「職員家族の安全のため」に、学校内に保安部などを配備する事ができない。
そういった案も出ていたのだが、「子供の人権保護」の観点から、
健やかな成長を害すると拒否されてしまった。MAGI以外の目立った監視も置けない状況だ。
しかも、MAGIの監視でさえ減らそうと言う意見もあった。
こればかりはとNERVも抵抗したのだが、逆に火に油を注ぐ結果となり、
結局学校校内に監視カメラをおくことすらできなくなってしまった。
困ったのはNERVである。
このままでは、学校で何か事件が起こった時に対応できない。
しかも、学校には機密事項に深く関わっている上級職員の子供もいるのだ。
万が一誘拐でもされた場合、そこから機密が漏れないとも限らない。
職員自身が漏らすことはもちろん、子供も危ないのだ。
職場では厳格な人物でも、家族には甘いという事がある。
実際子供たちの中には、対抗組織がいかなる犠牲を払おうとも
手に入れようとしている機密を知っている者が少なくない。
本人達は気づいていないし、その意味も知らないが。
そこでNERVは苦肉の策として、秘密裏に保安部員を教師として送り込む事にしたのだった。

「では碇君。入ってきなさい」
「はい」

教室へ入るシンジ。教師の横へ立ち

「碇シンジです。前は長野にいました。
 得意な事は家事全般です。
 よろしくおねがいします」
「・・・っと、それだけですか?」
「はい」
「分かりました。では席に着いてください。
 席は・・・・そうですね、窓際の一番後ろの席に」
「はい」
「それと分からない事があったら、洞木君」
「はい」

教室の真ん中あたりの席に座っていた三つ編みの少女が手を上げる。

「彼女は洞木ヒカリさんです。このクラスの学級委員長ですので、彼女に聞いてください」
「分かりました。よろしくヒカリ」
「えぇ?!あ、あのよろしく、碇君」
「ん?どうしたの?」
「その、私名前で呼ばれた事あんまりないから。女子は洞木さんだし、
 特に男の子なんて皆『委員長』って呼ぶし」
「嫌だったらやめるけど・・・・・」
「あ、大丈夫。そのままでいいっ!

そう言ったヒカリに、女子生徒からの冷たい視線が突き刺さる

「じゃあ、改めてよろしくヒカリ」

そう言って右手を差し出すシンジ
ヒカリが手を握った瞬間、視線はさらにキツイものとなる。

「よ、よろしく碇君」
「シンジでいいよ」

また教室内の温度が下がった

(お願いだからこれ以上刺激しないでよ・・・・)

ヒカリは、心の中で涙を流した。






「・・・・これが世に言うセカンドインパクトであります。その頃私は・・・・」

シンジが転入して3日。使徒の襲来もなく、第3中学は今日も平和だった。

「ふぁ〜」

思わずシンジはあくびをした。
今は社会の授業なのだが、この教師、ずっとこの話をしている。
毎回、何かにつけてセカンドインパクトの事に話を持っていき、
そして同じ内容の話を永遠と聞かせるのだ。
シンジも、2日目までは何とかまじめに聞いていたのだが、さすがに飽きて眠くなってしまった。
生徒の殆どは、パソコンを使ってメールをやり取りしたり、内職をしたり、寝ていたり・・・。
まじめに聞いているのはヒカリくらいだった。
社会を担当しているのが、クラス担任の老教師であるため、
シンジを含め皆「ボケたのか?」と思っているのだが、実際はそうではない。
これがこの教師の仕事なのだ。
「セカンドインパクト」について繰り返し話しをする事によって、
「NERVに都合の良い事実」を刷り込んでいるのだ。
普通はこんな事をしていては怪しまれるのだが、
彼の容姿とあいまって、疑問をもたれる事はなかった。
ちなみに、社会の授業で足りない内容は、他の教師がちゃんと自分の授業でフォローしている。
実は彼、保安部では1、2を争うほどの実力の持ち主なのだ。
が、そんな事は知らないシンジ。こんな授業退屈以外の何ものでもない。


シンジは、前の席に座っている少女を眺める。
その少女は綾波レイ。昨日退院したばかりだ。
シンジが癒したはずだが右手にギブスで頭にも包帯、眼帯もしている。
何故だろうか?
実はこれもNERVの策の1つである。
2人がチルドレンである事が知られた場合、
レイが戦闘で大怪我を負っていたという話が広まれば、
戦闘によって家族が負傷した生徒がいたとしても、
チルドレンを恨み復讐をしようという人間は大分減らす事ができるはずだ。
なにより、チルドレンは命がけで戦ってくれているのだ。
NERVは、チルドレンを学校に通わせることで、
シンジ、レイがチルドレンであると言う事が生徒に知られる事は覚悟している。
先に書いたように、ここには上級職員の子供もいるのだ。
そこで、NERVは先手を打つ事にした。
NERVは上級職員の子供数人に、意図的にチルドレンの情報を流したのだ。
無論、全てを漏らしたわけではない。
流した情報は、チルドレンが中学生くらいであること、最近新しいチルドレンが来た事などだ。
案の定、食いついてきた子供がいた。
そう、相田ケンスケである。
NERV人事部課長、相田コウジの息子である。
相田コウジは息子に甘かった。セカンドインパクトの中で親を無くし、
妻も早くに亡くした。コウジにとって、息子の喜ぶ姿のみが支えだった。
息子の喜ぶ事は何でもした。写真を勉強したいと言えば、欲しがっていた機材を全てそろえた。
ケンスケの家には暗室もあり、現像する機材もそろっている。
ミリタリーという趣味についてはあまりいい気はしなかったが。
ところでその相田ケンスケだが、趣味は写真(盗撮)とミリタリーだけではなかった。
ハッキングも中々のものだった。
よって、NERVが予想していたよりも早くチルドレンについて詳細な情報を得ていたのだ。
むろん、情報源はコウジのパソコンだ。
足りないところは、コウジのID、パスを使いNERVのデータベースから引き出していた。
もちろん、コウジのIDで引き出せる情報は限られているし、
直ぐにNERVも気がついたので、
チルドレンの容姿などの詳細なデータは分からなかったが。
シンジが転校して3日、ケンスケは、シンジがチルドレンであるということを確信してた。



ピッ

シンジのパソコンにメールが届く。

『話したい事があるのでチャットルームへ来てもらえませんか?
個人的な話だし2人で話したいので、
プロテクトをかけて他の人は見られないようにしてます。安心してください』

周りを見渡すが、メールを送ってきたらしき人物は見当たらない。

(誰だろ?・・・・とりあえず乗ってみるか)

シンジは、指定されたチャットルームへ入る。

『こんにちは。話って何?』
『ちょっと聞きたい事があるの。この前怪獣と戦ったロボットのパイロットが碇君て本当?』
『何のこと?』
『もう、ごまかさなくていいって!親がNERVで働いてるから私知ってるのよ』

もう一度周りを見渡すと、廊下側一番前の女子生徒がこっちを見て手を振っている。

『たしか、リョウコさんだったよね』
『名前覚えててくれたんだ』
『この前のことがあったから気になってね。あれから大丈夫だった?』
『シンジ君のおかげでへーき!』

彼女は三島リョウコ。水泳部に所属している。髪型はショート、見た目男の子っぽい印象の少女だ。
だが、実は奥手で少女趣味、しかも妄想癖がある。
転校初日、放課後にNERVへ向かっていたシンジだが、
途中、不良達に絡まれていたリョウコを見かける。
前々からリョウコに対し、リーダーのキョウスケが「付き合ってくれ」と言っていたのだが、
キョウスケたちの悪いうわさを聞いていたリョウコは断り続けていたが、
この日とうとうキョウスケは実力行使にでた。「断るならどうなるか分かるだろ?」と。
クラスメイトのよしみで助けたのだが、リョウコはこれを「運命の出会い」と考えた。
翌日、早速盗撮で名高いケンスケに、シンジの写真を頼んだ。
そして本日写真は渡したのだが、ケンスケに、写真代の代わりにやって欲しい事があると言われた。
それがこの質問である。
シンジと話せると、リョウコは2つ返事で引き受けた。
もちろん、このチャットはケンスケによってハッキングを受け、
クラス全員のパソコンに公開されている。無論、2人は知りもしない

『それでシンジ君他の人には黙ってるから、教えてもらえない?』
『分かったよ。確かに、この前戦ったのは僕だ』

「「「「「「「え〜!やっぱりそうなんだ!!!」」」」」」」
「は?」

とたん、授業そっちのけで騒ぎ出すクラスメイト達。

「ちょっと!今授業中でしょ!」
「硬いこと言うなよ委員長!」
「それより碇、どうやって選ばれたんだ?」
「碇君、恐くなかった?」
「必殺技とかあるのか?」
×××××
×××××

このままでは収拾がつかないと判断したシンジは、手を上げて皆を制する。

「聞きたい事は分かったけど、昼休みまで待ってくれないか?今は授業中だし」
「え〜!でも」
「昼休みまで、質問には一切答えないからね。それと、他のクラスにばらさないでね」






昼休み

いつもなら皆思い思いの場所で食事を取るのだが、
今日に限っては全員クラスにとどまっていた。

「それじゃあさっきの質問に答えるね。
 まずどうやって選ばれたか?って質問について。実はエヴァ、僕が乗ってたやつなんだけど、
 僕の母さんが基本設計をしたんだ。それで、僕の乗った初号機は、
 初めから僕用にカスタマイズされてたみたい。ただ、母さんはエヴァの完成前に死んじゃって、
 母さんが他の人に初号機のことを話してなかったみたいで、
 僕が乗れる事はずっと分からなかったらしい。ほんの2ヶ月くらい前に分かったらしいし。
 それで僕はこの第3新東京市まで呼ばれたんだけど、
 運が悪かったのか、来たその日に使徒、この前の怪獣のことなんだけどね、
 そいつが襲ってきて、練習もしないままにいきなり乗せられて戦わされたんだ」
「・・・・・・・」

シンジは、事実に嘘を織り交ぜながら説明をはじめる。
思ってもいなかった事実に、皆は愕然とした。
てっきり、ずっと前から訓練されていて、シンジに任せて置けば安心と楽観していたのだ。

「エヴァって操縦者のイメージで動くらしくって、
 歩いたりする時もペダルなんかを踏んだりするんじゃ無くて、
 『歩く』って事をイメージすれば歩くらしい。
 もっとも、うまくイメージできないと動けないけどね。
 殴ったりする時も、こうやって」

そう言って、ゆっくりと殴る真似をするシンジ

「『殴る』ってことを頭でうまくイメージできないと駄目なんだ。
 エヴァはシンクロすることで動かすから、
 エヴァを操縦するっていうより、大きくなった自分の体を動かすって感じかな。
 必殺技とかは特に無いみたい。武器も今のところナイフとバレットライフルしかないし。
 この前の戦いの時なんて、ナイフも無かったしね。正直危なかったと思う。
 だけど、エヴァがイメージで動くって事が幸いしたね。リョウコさん」
「な、なに?」
「リョウコさんは知ってると思うけど、ほら、この前見せたやつ」
「あ!あれね」
「そう。と言うわけで・・・・・えぇっと、相田君だっけ?」
「何だ碇?」

シンジはケンスケのほうを向いて、ケンスケに拳を打ち出す。と

ドンッ!

「ぐはっ」

ケンスケとは2メートルは離れていたはずだが、
シンジが拳を打ち出した瞬間、ケンスケは腹部を殴られた様な衝撃を受けて膝をついた。

「何すんだよ碇!」
「今のは勝手に写真を取った御礼。次からはちゃんとことわって撮ってよ。
 相田君にやったように、僕は遠当てみたいな事ができる。
 ちなみに本気でやれば、車くらい吹っ飛ばせるよ。
 ・・・・・話を戻すけど、使徒にも相田君と同じようにやったんだ。
 そしたらうまくいって、1歩も動かずに殲滅できた」
「え?でもかなりの被害が出たって聞いたけど?」
「あれは戦自の所為だよ。自分達だけで使徒を倒したかったらしくてね。
 さっさとNERVに指揮権を渡せばいいのにN2地雷を使ったんだ。
 おかげで町1つ壊滅するし、使徒は強くなるし」
「戦自って最悪」
「そうだね。くだらない面子になんてこだわるから・・・・。
 そういえば綾波、あの時はありがとう」

レイは、そう言われてこちらを見た

「どういうこと、碇君?」
「実は綾波もパイロットなんだ」
「「「「「「ええ?!!!!!」」」」」」
「実は第3に着いたは良いけど迎えの人が遅れてね。
 危うく使徒に踏み潰されるところだったんだけど、綾波が初号機で助けてくれたんだよ」
「でも初号機って碇専用だってさっき」
「綾波にも動かせるんだ。最もシンクロ率が低いから、激しい動きとかはむりみたいだけど」
「じゃあ綾波さんの怪我って」
「うん。さっきエヴァはシンクロで動くっていったよね。
 あれには問題があって、エヴァの感じた痛みまでシンクロするんだ。
 例えば、エヴァの腕が折れたとするよね?
 そうすると、パイロットもその痛みを味わう。
 あくまで味わうだけで、実際に折れる事はないんだけど、それでも痛い事にはかわりないし。
 シンクロ率によっても多少違いはあるみたいだけど・・・・。
 しかも、綾波は怪我を押して出てくれたんだ。
 綾波にも零号機って専用機があるんだけどね、それの実験中に大怪我をしたらしくって、
 入院してたんだよ。その体で動かしたから、傷口が開いたらしくて、ほんと危なかったんだって」
「・・・・・」
「僕達はまだまだ実力も足りない。しっかり訓練とかして頑張っていこうと思ってる。
 というわけで、皆に頼みたい事があるんだけどいいかな?」
「なに?」
「僕らがやってる事は命を懸けた戦いだ。
 だから、僕にとってこの学校での生活は唯一普通の中学生に戻れる大切な時間。
 できれば、パイロットじゃなくて普通のクラスメートとして接して欲しいんだ。
 多少は仕方ないと思うよ。でも、NERVだとどうしても
 パイロットとしての扱いがメインになるからね。
 皆には、パイロットはステータスの1つとして、
 あくまでも僕自身、碇シンジをメインとして接して欲しい」
「そんなの当たり前だろ?」
「そうよ碇君」

皆からはそういった声が上がった

「・・・・ありがとう、みんな」






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