「みんな忘れてるのかな・・・・・」
その日、前原しのぶは朝から元気が無かった。
しのぶの作った朝食は、いつも通り美味しかったが。
ちなみに、前回の件で景太郎の仕事は軽減され、
今まで通り住民が分担してやる事になったのだが、
食事だけは作れる人間が限られており、しのぶと景太郎が交代ですることになっていた。
「はぁ・・・」
はじめは何時ものごとく賑やかに朝食を食べていたのだが、
しのぶの雰囲気を感じとり、みな静かになった。
「しのぶちゃんどうしたの?元気ないみたいだけど」
「な、なんでもないです!浦島先輩・・・・・はぁ」
景太郎が代表して聞いたのだが、返事はこの通り。
みなの視線が「役立たず」と語っている。
(うぅ。仕方ないだろ?)
「・・・・・ご馳走様でした」
しのぶはそう言うと、さっさと食堂を出て行ってしまった。
「しのぶ、どないしたんやろ?」
「腹へったんやろか?」
「そらお前だけやでスゥ。ちゅうか今食べたばかりやろ?まだ食うんかい」
「ウチ育ち盛りやもん」
「もう時間じかんだぞスゥ。それでは学校がありますので。ご馳走様でした」
「うちもバイトがあるし」
「景太郎、私たちも予備校よ」
「そうだった。急がないと」
「景太郎、帰ったら緊急集会開きたいんやけどええか?」
「しのぶちゃんの事気になりますからね。いいですよ」
「ほな、帰ったら集会開くで。しのぶにはバレんように。
みんな思い当たった事があったら報告するんやで」
所変わって代世木ゼミナール
予備校。そこは大学合格を目指す者達が集う場所である。
先週から景太郎もここに通っているのだが、
そこには何故か友人達の姿があった。
「景太郎、今日もギリギリだな」
「おはよ灰谷。仕方ないだろ?電車の時間があるんだから」
声を掛けてきたのは灰谷真之(はいたに まさゆき)。
景太郎よりも背は高く顔立ちも悪くはない、よくナンパをするが成功率は低い。
めがねをしている。
彼は一度ある大学に合格したのだが、入金が遅れてしまい入学できなかった。
去年はやる気が起こらず勉強もしなかった。
今年やっとやる気を出し、改めて受験勉強に精を出す毎日である。
ちなみに、ひなた荘は神奈川でも田舎にあり、路面電車は30分に1本。
乗り継ぎもあるので、どうしてもギリギリになってしまう。
「お前時間もだけと合格率も危ないよな」
「ほっとけよ白井」
彼の名は白井功明(しらい きみあき)。
ちょっと小太りのめがね。
彼は去年まで就職し働いていたのだが、会社になじめずに退社。
その後また勉強がしたくなり、この予備校に通い大学合格を目指している。
景太郎、白井、灰谷とも成績はイマイチで、まとめて世々ゼミの3馬鹿と呼ばれている。
「この前の模試でお前100位外だったじゃないか。
東大合格は絶望的だね」
「うぅ、痛いところを」
「それにしてもお前あの人と結婚したんじゃなかったっけ?
いきなり浮気とはやるじゃないか」
「へ?誰の事だよ」
「成瀬川だよ。グルグルめがねで三つ編みの」
「あの絵に描いたようながり勉だろ?
タイプが全然違うよなぁ。だから浮気相手に選んだのか?
でも気をつけろよ。あれは思い込みの激しいたちだぞ絶対」
「でもあいつ確か全国模試1位だったよな?
良かったな景太郎。浮気ついでに教えてもらえよ」
「な、何勘違いしてるんだよ!
あいつはそんなんじゃなくて、ただ「景太郎ちょっといいかしら!?」って成瀬川?」
景太郎は、なるに連れて行かれてしまう。
それを見て、灰谷と白井は「面白そうだ」と後をついていく。
なるは結局、景太郎を屋上まで連れ出した。
「こんなところまで連れ出して、どういうつもりだよ成瀬川」
「どういうつもり、じゃないでしょ?
あんたさっき一緒に住んでること話そうとしてたでしょ?」
「ああ。同じ寮に住んでるだけだって言おうと思ったんだけど」
「はぁ・・・・。変な噂立つと困るから、内緒にしてよね」
「噂って・・・・」
「私の学校の連中も来てるんだから。
男と住んでるって知られたら大変でしょ」
「たしかに、それはまずいね。
あの2人口が軽いし、黙ってる事にするよ。
そうだね、婆ちゃんの知り合いで、
昔会ったことがあるからお互いに知っていた、ってことでどう?」
「それでいいわ。いいわね?くれぐれもボロ出さないようにしなさよ」
「分かってるよ。でも・・・・・はぁ、
あいつら変に勘違いしてたんだよね」
「どういうこと?」
「成瀬川が俺の浮気相手だって」
「何ですって!?」
「お、落ち着けって」
「落ち着いてられるもんですか!」
「俺からあいつ等に言っ「いてっ!」て白井、灰谷!?」
その時扉が開いて、白井と灰谷が倒れこんできた。
どうやら、扉の蝶番(ちょうつがい)が壊れていたらしい。
2人は扉の向こうで盗み聞きしていたのだ。
「・・・・え〜っと、これはその」
「ちょうど良かったわ。いい、あんた達!
私とコイツは知り合いなだけで付き合ってなんていないんだからね!
分かったかしら!?」
「「は、はい」」
「ふん」
そう言うと、なるは去っていった。
3人は、しばらく呆然としていたが
「や、やばい!もう講義始まっちゃうよ!白井、景太郎早くしろ!」
「ええ!?景太郎さっさと行くぞ!」
「待てよ2人とも」
ちなみに、3人ともバッチリ遅刻した。
時は進んで昼食の時間。なのだが、
朝食の片付けもあり、景太郎は弁当を用意していなかった。
「はぁ、仕方ない。何か買ってくるか」
「はい、これ」
「成瀬川?」
いつの間にか隣になるがいて、手にはサンドイッチの様なものを持っている。
「お昼用意してないんでしょ?あげるわ。
いらないならいいけど」
「よ、喜んで頂戴します!って、これはなんと言うか個性的な」
「文句言うなら返してよ」
「た、食べるよ」
景太郎は、不安に感じながらも1口食べてみる事にした。
「・・・・・あれ?意外と美味しい」
「意外とって何よ」
「だってほら、見た目がしのぶちゃんのとあまりに違うから」
「悪かったわね。
そういえば、しのぶちゃんの事だけど、あれから思い当たる事あった?」
「全然。っていうか、皆に分からないのに俺に分かる訳ないだろ?」
「普通はね。でも、やっぱりあんたが何かしたんじゃないの?
風呂覗いたとか下着を盗んだとか」
「してないよ。風呂は素子ちゃんが・・・・・」
「覗いたのね」
「ち、違うって。脱衣所に着替えがあったからそのまま引き返しただけだよ」
「ふ〜ん。まぁその事は素子ちゃんにはちゃんと報告するとして」
「するのかよ」
「当たり前でしょ。結局しのぶちゃんについては分からずじまいか」
「そうだなぁ。あっ!はるかさんなら何か知ってるかも」
「確かにそうね。帰ったら聞いてみましょう」
「で、私に聞きに来たわけか」
「はい」
講義を終えた2人は、喫茶ひなたに直行。
はるかに事情を話して、何か知っていないか聞いたのだが、
「私は・・・・・・教えられないな」
「どうしてですか?」
「そんなに難しい事じゃないんだよ、なる。
ただ本人には重要な問題だけどな。
私はともかく、お前だって多分しのぶの立場に立ったら同じような反応をすると思うぞ」
「私がですか?」
「ああ」
と言って、今度は景太郎を見るはるか。
「まぁ、お前は日が浅いから知らなくても当然かもしれないが、
管理人としては駄目だぞ。
仕方ないからヒント。住民名簿があるだろ?
よく読んでみろ」
「・・・・・あれはるかさんが持って行ったじゃないですか。
スリーサイズとか体重とか書いてるから、お前の手元にない方がいいって」
「あれ、そうだったか?」
2人にジト目で見られるはるか。
「ちょっと忘れてただけじゃないか。
だいたい、そんな事を気にしてる場合じゃないだろ?
確かこの辺に・・・・・・・・・・・あった。ほら景太郎」
「こんな事がないように、名簿は俺が持ってますからね。
えぇっと、前原しのぶは・・・・・・これは!
そうか、そういう事かリリン!」
「やめろ景太郎」
変なことを言いながら立ち上がった景太郎だが、
何故かはるかに殴られてしまった。
「痛いなぁ。何するんですかはるかさん」
「その台詞は何故か気に入らないんだよ。まったく、ナルシストホモは用済み・・・・」
「何か言いました?」
「いや、何でもない」
「ちょっと景太郎。
そんなことより、しのぶちゃんの事分かったの?」
「ちゃんとね。しのぶちゃんらしい悩みというか。
そうか、明日だったんだ。
成瀬川、みんなに伝えておいて欲しいんだけど」
「なに?」
「明日休みだろ?俺達も予備校ないし。
だから、今夜明日の計画を立てたいんだ。どうせ集会開くことになってたしね。
しのぶちゃんに内緒でやるから、遅くになると思う。
大事な日なんだ。だから心に残るものにしてあげないとね。
だって明日は―――――――」
その日の深夜。屋根裏部屋で緊急会議が開かれていた。
「――――――というわけです。みんな、協力をお願いできるかな?」
「なるほどなぁ。まかしとき!」
「ウチも頑張るでー」
「私も微力ながら」
「準備は私達に任せて、景太郎はしのぶちゃんの相手をお願いね。
いい?絶対にばれないようにしてよね」
「分かってるよ。じゃあ、みんな頑張ろう!」
「「「「おーーー!!!」」」」
「みんな声が大きいよ!」
あけて翌日
「あれ?先輩どうしたんですか?今日は私の当番じゃ」
「おはようしのぶちゃん。たまたま早く起きたからね。
みんなには声かけておいたから、もう直ぐおきてくると思うよ。
座って待っててね」
「は、はい」
そしていつも通り騒がしい朝食は終わり
「片付けも俺がするから」
「えぇ?でも悪いです」
「いいから。その代わり洗濯を手伝ってもらっていいかな?」
「いいですよ」
しのぶはにこやかに答えた。
最近、しのぶは景太郎に好意を抱いてきている。
一緒にいられることは嬉しい。
そんな訳で、2人で洗濯物を干していたのだが
(先輩と2人でなんて、何か新婚さんみたい。
でもでも、先輩には奥さんが!)
そんな事を考え、顔を赤くしてパタパタと手を動かしていると
「どうしたのしのぶちゃん?」
「はうっ!何でもないです!」
「そう?手がとどかないんなら俺が干すけど」
「いえこれは」
「ちょっとかしてみてよ」
そう言ってしのぶの持っていた洗濯物を手に取ったのだが
「・・・・・くまパンツ?」
「い、いやーーーーーー!!」
「あぁ、待ってよしのぶちゃん!」
しのぶは走って行ってしまった。
所変わって食堂では、なると素子が料理を作っていた。
スゥは飾りつけの準備、みつねは総合指揮をしている。
「手はず通り景太郎がしのぶを連れ出すまでは飾りつけはできんからな。
スゥも準備はそれくらいでええやろ。なる達の様子を見に行くで」
「分かったでキツネー」
なるも素子も料理は得意ではない。
なるは、食べれば美味しいのだが見た目が・・・・・。
素子も、和食は一通り作れるが、パーティー用の洋食、お菓子となると駄目だった。
2人は、本を片手に試行錯誤を繰り返し作っている。
「2人とも様子はどうや〜・・・・・って何や?この惨状は」
みつねの目の前には、惨状と呼ぶに相応しい状況が。
飛び散った材料は、机の上から床に至るまでべっとりと付いている。
流しは洗物で溢れ、何かの料理に使ったボールはそこかしこに転がっていて、
壁には何故か血の様なものが付着している。
「こりゃ準備より片付けが大変やで・・・・・。
ところで料理はできたんか?」
「もちろんよ!」
「どれどれ」
なるが持っている鍋には、様々な食材の入り混じった何かが。
「ちなみに、この料理名は何や?」
「これ?シチューよ。本の通りじゃ味気無さそうだったから、アレンジしてみたの」
「アレンジねぇ。でもなる、普通シチューに鮟鱇(あんこう)は入れんで」
「でも美味しいのよ?臭みもちゃんと取ったし」
「さよか。じゃ引き続き他の料理も頼むで。
素子はケーキできたか?」
「き、キツネさん」
素子の方を見ると、黒く焦げた塊が。
「・・・・・こりゃ作り直しやな」
「す、すいません」
「しゃーない。飾りつけはこれ以上できんし、うちも手伝ったるわ」
「キツネさんが?作れるのですか?」
「あんなぁ。ケーキ屋でもバイトした事あるし大丈夫や。
少なくとも素子よりはうまくできるで」
「うぅ、痛いところを」
その時、みつねの携帯に景太郎からのメールが。
「景太郎からか。
なになに・・・・・よし!」
「どうしたんですかキツネさん?」
「景太郎のやつ、うまくしのぶを誘い出したみたいや。
夕方までデートやて」
「で、デート・・・・・」
「どうしたんや素子?」
「何でもありません!」
「ふ〜ん」
みつねは、素子を見てなにやら思ったようだが口には出さず、
「よっしゃみんな。残りの準備頑張るでー!!」
「さっきはごめんねしのぶちゃん」
「気にしてませんから。それより先輩、本当にいいんですか?私で」
「しのぶちゃんが好きそうな映画だったからね。
俺の方こそ、しのぶちゃんの初デートの相手が俺で本当によかったの?」
「そ、そんな!私は先輩で、その、とても嬉しいです」
「そう?ありがと。じゃ行こうか」
「はい!」
映画は恋愛物。チケットは、みつねがバイト先で男に貰ったものだ。
みつねはその映画には興味が無かったので、喜んで景太郎に売ったのだった。
定価の3倍で。
だから景太郎は、みつねが家賃を滞納していたので、
今月は滞納金を別に徴収しようと密かに決意していた。
その頃ひなた荘では
「なぁなる。この紫のはなんや?」
「わからない?ポテトサラダよ」
(どないしたらポテトサラダが紫色になるんや)
「素子もそれはなんや?」
「はるかさんが牡蠣(かき)を持っていたので貰って作りました。牡蠣御飯です。
これは牡蠣を使った炊き込みご飯で、
だし汁をかけてお茶漬けにして食べると美味しいのです」
「そりゃ知っとるけど。でもケーキには合わんやろ」
「それは・・・・・そうですね。多分」
「はぁ・・・・。2人とも料理はうちに任せて、飾りつけを頼むわ。
スゥだけじゃ何やるかわからんし」
「キツネがそう言うなら」
「では私もお言葉に甘えて」
これならば、初めから自分が料理を担当すれば、と今更ながら思ったみつねだった。
「映画すごくおもしろかったですね先輩!」
「そうだね。しのぶちゃんが喜んでくれてよかったよ。
ところでお昼だけど、そこのニクドナルダでいいかな?」
「もちろんです」
「食べたいのある?俺は海老バーガーかな」
「じゃあ私も同じのを」
「そう?飲み物はどうする?」
「そうですねぇ・・・・」
2人のデートは続く。
その後2人はデパートへとやってきた。
服を試着したり、ゲームをしたりした。
アクセサリーショップでは
「はい。これ今日のデートの御礼」
「そ、そんな!そこまでしてもらわなくても」
「いいからさ。よく似合うよ」
「先輩・・・。ありがとうございます」
「みんなには内緒にね。キツネさんとか自分にもとか言いそうだし」
「ふふっ。そうですね」
景太郎はそう言って、可愛いブローチをプレゼントした。
ちなみに、これが景太郎の誕生日プレゼントだ。
「ただいまぁ」
夕闇も深まる頃、2人はひなた荘に帰ってきた。
だが、返事は無くまた電気もついていないので暗い。
「みんなどこうしたんでしょうか?」
「こっちだよ、しのぶちゃん」
「あっ、先輩!」
景太郎は、しのぶの手を取って食堂へと歩き出す。
しのぶの顔は赤くなっている。
食堂に着いたのだが、相変わらず電気がついていないので暗い。
「しのぶちゃん目をつぶって」
「え?は、はい」
しのぶは素直に目をつぶった。
それを確認した景太郎は電気をつける。
それを合図にみんなが出てきて・・・・・。
「もう目を開けていいよ」
「はい・・・・ってあれ?みなさん?」
「いくよ。せーの」
「「「「「しのぶちゃん、誕生日おめでとう!!!」」」」」
「ふえ?」
みんなはそう言って手に持っていたクラッカーをならした。
しのぶは、いまだ状況が理解できていないようだ。
なるが説明をする。
「13歳の誕生日おめでとうしのぶちゃん」
「なる先輩・・・・」
「これ景太郎の案なのよ。みんなで準備したの。
しのぶちゃんがデートしてる間にね」
「みなさん、ありがとうございます」
しのぶは、歓喜のあまり泣きだしてしまう。
景太郎は慌てて声をかけた。
「ちょ、しのぶちゃん大丈夫?」
「はい。ただ嬉しくて」
「そっか。今日は楽しかった?」
「はい!」
「よかった。じゃあみんな、食べようか」
「「「「「いっただ〜きま〜す」」」」」
こうして、しのぶ13歳の誕生日は楽しく過ぎていき、
彼女にとって一生忘れられないものになったのだった。